vaiduryamuscari’s diary

自分用日記

都市より大きなもの1

アシタカせっきを聴く。
日本人てなんなんだろな。

文明開化が起きても、戦争に敗れて歩き方までかえられても、日本人の日本人たる所はなんだろう。
街並みなんて全く変わってしまったし、寺社でしか残ってない。それさえも恵まれている。

色んな頭を使うコトで、モノが替えられ、モノと一体化していたこの身体は替えられた。

変わらない事がある。より大きな解像度で見ていく。
桜は桜のまま、四季折々に変化する。
地震は相も変わらず日本は多い。
山々は起伏に富み、水は滔々と流れる。

モンスーンの、つまる所、自然の変化と常態に晒され続けていく事。
それぞれの時間と解像度の見方で、水は水の、桜は桜の、地震地震の、建物は建物の早さで、繰り返されるという変わらない贅沢が、現代に於いても、私たちの生活に多大な思想を与えている。

都市だけが、頭の中でそれを忘れさせてしまってはいませんか。
そして、逆説的に都市の人が不在故にそれを意識しているのではないだろうか。